連載「企業代理店経営論」 第1回(全4回)
政策株式がなくなった後、企業代理店はなぜ存在するのか
——「取引関係で残る代理店」から「価値で残る代理店」へ
——「取引関係で残る代理店」から
企業代理店の「存在意義」「機能」「適正利益」「KPI」を考える連載、第1回
損害保険会社による政策株式の売却が加速しています。東京海上ホールディングスは2026年度第1四半期だけで2,353億円の政策株式を売却しました。数字だけを見れば資産運用政策の変化に見えますが、便宜供与管理の厳格化や業務品質重視の流れと重ね合わせると、その意味はもう少し大きいと考えられます。「関係があるから取引が続く」時代の終わりに、企業グループ内の保険代理店——いわゆる企業代理店は、何を理由にグループ内に存在するのか。本連載「企業代理店経営論」では、企業代理店の存在意義・機能・適正利益・KPIを4回にわたって考えます。第1回は、その出発点となる「存在意義」の問いから始めます。
目次
「昔からこの保険会社だから」が通用しなくなる
損害保険会社による政策株式の売却が加速しています。
東京海上ホールディングスは、直近の決算発表(2026年8月12日開示)によれば、2026年度(2027年3月期)第1四半期だけで2,353億円の政策株式を売却しており、通期では4,300億円の売却を計画しています(進捗率54.7%)。
数字だけを見れば、これは保険会社の資産運用政策の変化に見えるかもしれません。しかし、損保業界で今起きている一連の変化と重ね合わせると、その意味はもう少し大きいと考えられます。
政策株式の縮減に加え、便宜供与管理の厳格化、代理店の業務品質を重視する流れなど、従来の保険会社と代理店、そして企業との関係を見直す動きが同時に進んでいます。
もちろん、政策株式がなくなれば企業代理店が不要になる、という単純な話ではありません。
しかし、「資本関係があるから」「長年の取引関係があるから」「グループだから」という理由だけで保険取引を維持することは、これまで以上に説明しにくくなっていくでしょう。
この変化の影響をとりわけ強く受けると考えられるのが、企業グループの中に置かれた保険代理店——企業内代理店や大企業系列の代理店を含む、いわゆる「企業代理店」です。
企業代理店を支えてきた「4点セット」
これまで多くの企業代理店は、次の4つが一体となった関係の上に成り立ってきました。
- 親会社・グループ会社との資本関係(政策株式の保有)
- 取引関係(保険会社と親会社グループとの本業上の取引)
- 保険契約(グループ内企業の保険を企業代理店が扱う)
- 企業代理店という組織そのものの存在
この4つは、互いに支え合う構造になっていました。
株式を持ち合い、企業同士の取引関係があり、その関係の中で保険契約も継続し、一定の保険契約があるから企業代理店という組織にも存在意義がある——そのような循環です。
すべての企業代理店が、このような構造の上に成り立っているわけではありません。しかし、こうした関係性が企業代理店の経営基盤の一部となってきたケースは少なくないでしょう。
政策株式が縮減され、便宜供与に対する管理が厳しくなり、代理店にはより高い業務品質やガバナンスが求められる——一つひとつは別々の動きに見えますが、企業代理店の経営という視点から見れば、共通する変化があります。
「関係があるから取引が続く」という構造から、「どのような価値を提供しているから取引を続けるのか」を説明する構造への転換です。
「なぜ残すのか」を問われる側に回る
そのとき、企業代理店に突きつけられる問いはシンプルです。
- なぜ、この代理店をグループ内に残すのか
- グループ会社にどのような価値を提供しているのか
- その価値は、外部の保険代理店や保険会社によるサービスでは代替できないのか
- 代理店を保有し続けるためのコストやリスクに見合う価値があるのか
これまでは、企業グループの中にあること自体が一定の存在理由になっていた代理店もあるでしょう。
しかし今後は、「グループ内に代理店がある」という事実ではなく、「グループ内に代理店を持つことに、どのような経営上の意味があるのか」を説明することが求められます。
この問いに答えを持てない企業代理店については、他の代理店との統合、外部代理店への移管、M&A、さらには代理店そのものの廃止といった選択肢が、親会社の経営会議で検討されても不思議ではありません。
企業代理店自身が、自らの存在意義を説明しなければならない時代になりつつあります。
「保険を売る会社」から「リスクを管理する会社」へ
ただし、これは企業代理店にとって悪い話ばかりではありません。
むしろ、これまで見えにくかった企業代理店固有の強みに、あらためて光が当たるタイミングでもあります。
企業代理店には、親会社・グループ会社という安定した顧客基盤があります。そして何より、グループの事業内容、組織、拠点、取引先、従業員、さらには過去の事故や保険契約の経緯などを、外部の代理店より深く理解できる立場にあります。
この「グループを知っている」という資産は、政策株式がなくなっても失われません。問題は、その資産をどのような「価値」に変換するかです。
- グループ全体のリスク情報を集約する
- 保険契約を横断的に把握し、保険プログラムを最適化する
- 事故や災害発生時の対応を支援する
- 従業員向けの保障制度や福利厚生を設計する
- 保険会社との交渉や情報収集の窓口となる
- グループ各社に対してリスクマネジメントに関する助言を行う
「保険を売る企業代理店」から、「グループのリスクマネジメントを担う会社」への転換です。企業代理店の存在意義は、むしろここに再定義できるのではないでしょうか。
自社の企業代理店、「なぜ残すのか」に答えられますか。
グループに提供している価値と、保有し続けるコスト・リスクの棚卸しから。企業代理店の現在地の整理を、KIBANの外部経営管理本部が支援します。まずは30分の無料相談でお聞かせください。
企業代理店には4つの選択肢がある
すべての企業代理店が同じ方向を目指す必要はありません。企業代理店を取り巻く環境、規模、親会社の方針、人員、収益性などによって、選択すべき方向は異なります。
グループのリスクマネジメント機能として代理店を再定義し、専門性、業務品質、ガバナンスを高めます。
グループ内で培った業種特有のリスク管理や保険設計のノウハウを、グループ外の企業にも提供し、企業代理店そのものを収益事業へ転換します。
他の企業代理店や専業代理店との統合・連携によって規模を確保し、人材、専門性、システム、ガバナンスへの投資余力を高めます。
企業代理店として保有し続ける合理性が乏しいのであれば、M&Aや地位承継、外部代理店への移管などによって、グループとして保険代理店事業から撤退します。
どれが正解ということではありません。重要なのは、「企業代理店を残すこと」を最初から前提にしないことです。これらを「いつか考える話」ではなく、今、経営会議のテーブルに載せるべき経営課題として考える必要があります。
企業代理店という、もう一つの再編市場
専業代理店の後継者問題やM&A、事業承継については、保険業界でもかなり議論されるようになりました。一方、企業代理店の存続戦略については、まだ十分に議論されているとは言い難いのが現状です。
企業代理店には、専業代理店とは異なる難しさがあります。親会社の経営戦略、グループガバナンス、人事異動による経営層の交代、グループ内取引、従業員の処遇など、単純な代理店経営の枠だけでは解決できない問題が多いからです。
だからこそ、企業グループ内の論理だけで存続を判断するのではなく、ときには外部の視点を入れながら、「本当にこの代理店を残す意味があるのか」「残すのであれば、どのような価値を提供する会社に変えるのか」を棚卸しする必要があります。
実際、当社(KIBAN株式会社)にも、専属代理店や乗合代理店だけでなく、こうした企業代理店から「この代理店を残す意味があるのか」「残すならどのような機能を持たせるべきか」といった相談が寄せられる機会が増えています。外部の経営管理機能を必要とするのは、専業代理店に限った話ではなくなりつつあります。
政策株式という従来の関係性が薄れていった後、何を理由に取引が続くのか。それを問われているのは保険会社だけではありません。企業代理店もまた、同じ問いの前に立たされています。
企業代理店の存在意義は、親会社や保険会社との「関係」によって与えられるものから、自らの「価値」によって証明するものへと変わりつつあります。
関連コラム:業界全体の環境変化は「2025年度損害保険代理店統計が示す「気づけば大きくなっていた代理店」」、代理店に求められる業務品質の枠組みは「損保協会「代理店業務品質に関する基本的な考え方」に全会員会社が賛同」をご覧ください。
よくある質問
政策株式が縮減されると、企業代理店はすぐに不要になるのですか?
いいえ。政策株式がなくなれば企業代理店が不要になる、という単純な話ではありません。ただし、「資本関係があるから」「長年の取引関係があるから」という理由だけで保険取引を維持することは、これまで以上に説明しにくくなります。問われるのは、グループにどのような価値を提供しているかを自ら説明できるかどうかです。
企業代理店の存続を検討する際、どのような選択肢がありますか?
大きく4つあります。①グループのリスクマネジメント機能として高度化して残る、②培ったノウハウをグループ外に提供する事業へ転換する、③他の代理店と統合して投資余力を高める、④M&Aや外部移管により撤退する——です。重要なのは「残すこと」を最初から前提にせず、経営課題として棚卸しすることです。
検討はどこから始めればよいですか?
まずは、自社の企業代理店がグループに提供している価値と、保有し続けるコスト・リスクの棚卸しから始めるのが現実的です。親会社の経営戦略やグループガバナンスが絡むため、グループ内の論理だけで判断せず、外部の視点を交えて現在地を客観的に整理することをお勧めします。
連載「企業代理店経営論」(全4回)
第1回 政策株式がなくなった後、企業代理店はなぜ存在するのか(本記事)
第2回 価値で残る企業代理店に必要な5つの機能
第3回 企業代理店は利益を出すべきなのか——親会社から見た「適正利益」を考える
第4回 企業代理店のKPIは何を測るべきか——手数料収入だけでは測れない経営成果
自社の企業代理店の現在地を、客観的に整理しませんか?
グループへの提供価値の棚卸しから、存続・高度化・統合・移管の選択肢の整理まで——KIBANの外部経営管理本部が、企業グループの外の視点で伴走します。まずは現状をお聞かせいただくだけで構いません。
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