KIBAN株式会社|保険代理店の外部経営管理本部
労務・社会保険

最低賃金1,177円時代、保険代理店は人件費上昇をどう吸収するのか

——賃上げと生産性向上を別々に考えない経営

2026年9月3日、厚生労働省は、全都道府県の地方最低賃金審議会から令和8年度の地域別最低賃金の改定額の答申が出そろったことを公表しました。答申段階の全国加重平均は1,177円。前年度の1,121円から56円の引き上げで、上げ幅としては目安制度が始まって以降2番目の大きさです。10月1日以降、各都道府県で順次発効していきます。数字だけ見れば「また上がったか」で終わってしまいそうなニュースですが、保険代理店の経営という視点で見ると、この56円は思っている以上に重い意味を持ちます。本コラムでは、最低賃金の改定が代理店の賃金テーブル全体と利益構造に何をもたらすのか、そして賃上げと生産性向上をどう一体で考えるかを整理します。

問題は最低賃金そのものではない

多くの経営者が見落としがちなのは、最低賃金の引き上げが「パート・アルバイトの時給が上がる」だけの話では終わらないという点です。

パートの時給を上げれば、若手正社員との賃金差が縮まります。それを放置すれば正社員の士気に関わりますから、一般職の給与も引き上げざるを得ません。一般職を上げれば、今度は主任・管理職との差が縮まり、評価制度や役職手当まで見直しが必要になります。

つまり最低賃金の改定は、パート・アルバイトの時給だけでなく、賃金テーブル全体を押し上げる「玉突き」を引き起こします。しかもこれは将来の予測ではなく、すでに2年続いている現実です。昨年度は1,055円から1,121円へ66円増(約6.3%)、今年度は1,121円から1,177円へ56円増(約5.0%)。2年間の累計では122円、率にして1割を超える上昇です。今年度の引き上げ額は都道府県ごとに54〜65円で、最高額は東京都の1,280円になります。この水準の引き上げが続けば、代理店の固定費構造そのものが変わっていきます。

売上は5%伸びないのに、人件費単価は5%伸びる

ここに、地域の保険代理店が直面している本当の課題があります。

売上や手数料収入が毎年5%伸びる代理店は多くありません。むしろ既契約の維持・更新が中心で、緩やかな成長か横ばいという代理店の方が多数派でしょう。一方で人件費の単価には、最低賃金の改定を起点として、毎年強い上昇圧力がかかっていきます。

この「売上の伸びと人件費単価の伸びの非対称」が毎年蓄積すると、数年後には利益を圧迫するどころか、採用そのものが難しくなります。地域の最低賃金が上がれば、周辺の小売業やサービス業も同じように時給を上げてきますから、代理店だけが時給を据え置けば人が採れなくなるからです。

賃上げできない代理店が経営努力を怠っているのかといえば、そうとも言い切れません。むしろ今問われているのは、「一人当たりでどれだけの付加価値を生み出せているか」という生産性の設計であり、これができていない代理店から先に苦しくなる、という話に近いのです。

保険代理店にとって、この問題はなぜ特に重いのか

ここまでは、多くの中小企業に共通する話です。しかし保険代理店にとって、この問題は一般の中小企業以上に重いものになります。

保険料が上がったからといって、代理店が自由に販売価格を引き上げられるわけではありません。手数料体系も、代理店自身が決められるものではなく、保険会社との契約によって決まります。一方で、比較推奨対応、自己点検、募集人教育、モニタリングなど、代理店に求められる管理業務は年々増え続けています。

つまり代理店には、「価格を上げて人件費上昇を転嫁する」という選択肢がほとんどない一方、「人を減らして管理業務を減らす」という選択肢も取りにくいのです。だからこそ、一人当たりの生産性をどう上げるかが、他業種以上に切実な経営課題になります。

試算してみるとわかりやすいでしょう。従業員20人、人件費総額1億円の代理店であれば、人件費が3%上がれば年間300万円、5%上がれば年間500万円の負担増になります。営業利益が1,000万円の代理店であれば、売上・粗利が変わらないまま人件費だけ5%上がると、単純計算で営業利益が半分になります。

「最低賃金が56円上がった」というニュースは、こう置き換えると急に自分事になります。自社では年間いくら増えるのか。その原資をどこから生むのか。そして、一人当たり生産性をどう上げるのか。この3つの問いに答えられるかどうかが、これからの代理店経営の分かれ目になります。

関連コラム:増え続ける管理業務の中身は「保険代理店の体制整備義務とは」、ベテラン人材の活用は「在職老齢年金「65万円時代」の高齢募集人戦略」、人件費と切り離せない給与設計と社会保険の論点は「その給与設計は社保逃れ?保険代理店が今すぐやるべき4つのこと」をご覧ください。

採用・人事制度と生産性向上は、もう別々に考えられない

これまで多くの代理店では、採用や賃金の話は総務・労務の領域、業務効率化やDXの話は別の担当、という形で切り離されてきました。しかし人件費単価が構造的に上がり続ける局面では、この二つを分けて考えること自体が経営リスクになります。

2027年度の予算を組む際には、最低でも「総人件費が3〜5%上昇した場合」まで含めたシナリオを置いておく必要があります。そのうえで、売上・粗利・一人当たり売上・FTE(フルタイム換算の人員数)・人件費率をワンセットで管理し、賃上げの原資がどこから生まれているのかを可視化する。これができて初めて、「賃上げする・しない」ではなく「どこまでなら賃上げできる体質にするか」という本質的な議論ができるようになります。

増え続ける管理業務に人を増やして対応するにも、人件費単価は上がり続けます。だとすれば、必要なのは「人を増やして解決する経営」からの転換です。業務を標準化し、システムやAIで減らせる仕事は減らす。自社で持つべき仕事と、外部の専門家や共同機能を活用すべき仕事を切り分ける。そして、限られた人員を、顧客対応や提案、マネジメントなど、人にしか生み出せない付加価値へ振り向けていく。

賃上げは「人事の問題」ではありません。生産性の問題であり、突き詰めれば経営モデルの問題です。

最低賃金1,177円という数字は、来年にはまた更新される通過点に過ぎません。大事なのは、この数字が上がるたびに慌てて時給表を書き換えることではなく、賃上げしても利益を残せる会社をどうつくるか。それを、いまから経営課題として考えることです。

よくある質問

月給制の正社員には、最低賃金は関係ないのですか?

関係あります。最低賃金は雇用形態を問わず、すべての労働者に適用されます。月給制の場合も、所定内の月給を時間額に換算して地域別最低賃金と比較しますので、若手正社員の初任給水準が時間換算で下限に近づいていないか、確認しておく必要があります。なお、換算の際に除外する手当の範囲など細かな取り扱いは、社会保険労務士にご確認ください。

賃上げの原資に使える公的支援はありますか?

事業場内の最低賃金を引き上げ、あわせて生産性向上のための設備投資等を行う中小企業を対象とした「業務改善助成金」などがあります。ただし、対象要件・助成率・申請期限は年度ごとに見直されるため、活用を検討する際は最新の公表内容を確認し、申請の可否や手続きは社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

保険代理店の人件費率は、どのくらいが目安ですか?

一律の正解はありません。専属か乗合か、生保中心か損保中心か、手数料収入の構成によって適正な水準は変わります。まずは自社の「一人当たり粗利」と「人件費率」を過去3年分並べ、最低賃金の上昇率と比べてみることが出発点です。伸び率の差がそのまま、翌年度以降に吸収すべき額になります。

まとめ——KIBANからの提言

令和8年度の最低賃金改定は、パート・アルバイトの時給の話にとどまりません。賃金テーブル全体を押し上げる「玉突き」を通じて、代理店の固定費構造そのものを変えていきます。しかも代理店には、価格転嫁という選択肢がほとんどありません。

だからこそ、来年度の予算では「総人件費が3〜5%上がる」シナリオを前提に置き、売上・粗利・一人当たり売上・FTE・人件費率をワンセットで見ながら、「どこまでなら賃上げできる体質にするか」を経営として決めることが必要です。賃金の話と生産性の話を、もう別々の担当に任せてはいけません。

KIBANは代理店の外部経営管理本部として、予算・KPIの設計と月次の予実管理、業務の標準化と外部活用の切り分けを伴走します。賃金規程や就業規則の改定、最低賃金の適用判断といった労務の専門領域は、連携する社会保険労務士へお繋ぎします。

自社では、来年いくら増えるのか。その原資は、どこから生むのか。

KIBANの外部経営管理本部は、人件費3〜5%上昇のシナリオを織り込んだ予算づくりから、一人当たり売上・FTE・人件費率の月次管理、業務の標準化と外部活用の切り分けまで伴走します。まずは現状の数字の棚卸しから。

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参照した主な情報源

  • 厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました~答申での全国加重平均額は昨年度から56円引上げの1,177円~」(2026年9月3日) 厚労省サイト
  • 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」中央最低賃金審議会答申(2026年7月28日)
  • 厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金改定状況」(全国加重平均1,121円・引上げ額66円) 地域別最低賃金の全国一覧
  • 最低賃金法第4条(最低賃金の効力) e-Gov法令検索

※本記事は、厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました~答申での全国加重平均額は昨年度から56円引上げの1,177円~」(2026年9月3日公表)に基づく一般的な解説です。改定額は答申段階のものであり、各都道府県労働局での異議申出等の手続を経て正式に決定され、2026年10月1日から12月2日にかけて順次発効する予定です。自社の所在地の改定額・発効日は、各都道府県労働局の公表をご確認ください。賃金規程・就業規則の改定、最低賃金の適用に関する個別の判断、助成金の申請手続は、社会保険労務士等の専門家の領域です。

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