いま業界が一斉点検へ——その給与設計は社保逃れ?保険代理店が今すぐやるべき4つのこと
労働・社会保険諸法令を専門とする社会保険労務士による監修のもと、通達・条文・判例の記載を確認しています。監修者プロフィール
募集人の給与を「固定給+外交員報酬」に分け、歩合部分を社会保険料の算定基礎に入れていない——。2026年7月16日の報道をきっかけに、業界団体が会員各社への自主点検要請に動きました。ただし、この論点は今回初めて問われたものではありません。平成29年、行政はすでに答えを出しています。本稿では、なぜこの設計が否定されるのか、発覚した場合に何が起きるのか、そしていま何を確認すべきかを整理します。
目次
業界団体が自主点検を要請へ
2026年7月16日付の日本経済新聞電子版は、ある保険販売代理店において、募集人の給与を固定給と歩合給に分け、歩合給の部分を社会保険料の算定基礎に含めていない「社保逃れ」の疑いがあると報じました。
ただし、この報道で押さえるべきは個社の話ではありません。同報道によれば、同様の疑いはほかの代理店にも広がっている恐れがあるとされ、業界団体である保険乗合代理店協会(保代協)は、会員各社に自主点検を呼びかける方針とされています。社会保険料を適正に支払うことを約束する誓約書を配布し、コンプライアンスの徹底を求める方向と報じられました。
これは、業界が自ら確認に動いたということです。裏を返せば、今後は各代理店が「自社の給与設計を説明できる状態にあるか」を問われる場面が確実に増えます。
そして結論から申し上げると、この論点は平成29年に行政の答えが出ています。個々の代理店の話ではなく、善意で採用した設計が、すでに否定されていた——というのが問題の本質です。
心当たりはありませんか
募集人との雇用契約はある。固定給も払っている。社会保険料も支払っている。——ただし、標準報酬月額の届出は固定給の部分だけ。歩合は「外交員報酬」として事業所得で支払い、社保の計算には入れていない。
2015年の委託型募集人の適正化で雇用契約に切り替えた際、この「二本立て」の設計を採用した代理店は少なくないようです。固定給を月18万〜20万円程度に抑えれば会社の社会保険料負担は最小限で済み、募集人側も歩合部分で経費を確定申告できるため手取りが増える。一見、双方にメリットがある合理的な設計に見えます。
税務上の取扱いでは、この区分自体が直ちに否定されるものではありません。所得税基本通達では、報酬が固定給とそれ以外の部分に明らかに区分されているときは、固定給は給与所得、それ以外は外交員報酬として取り扱われる旨が示されています。「税務署が認めているのだから問題ない」——多くの代理店がそう理解してきました。
※本記事は社会保険・労働法上の取扱いを解説するものであり、税務上の取扱いの適否を判定するものではありません。税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
報道でも、当該代理店は年金事務所等に確認したうえでの取扱いだったという趣旨の説明をしていると伝えられています。つまり、確認したつもりで誤っていたという構図です。しかし、税務上は認められる余地があっても、社会保険法上の解釈においては、実態として雇用関係にある以上、「過少届出」と判断されるリスクが極めて高いと言えます。
保険代理店を名指しした平成29年通達
健康保険法・厚生年金保険法における「報酬」は、名称のいかんを問わず、労働の対償として受け取るすべてのものを指します。税務上の所得区分がどうであれ、社会保険の世界では別のルールで判定される——ここが最大の落とし穴です。
決定打となるのが、平成29年(2017年)3月28日付の厚生労働省通達(年管管発0328第5号)です。この通達は、保険代理店の使用人への歩合報酬について、契約件数等の実績に応じて支払われる報酬は、代理店と使用人との間の委託契約が禁じられていることを踏まえ、標準報酬の対象となる報酬に含まれることを明確にしました。
つまり、「歩合部分は事業所得だから社保の対象外」という整理は、保険代理店を名指しする形で、行政によって明確に否定済みなのです。委託型適正化(保険業法)の帰結として、雇用した募集人への歩合は社会保険上すべて報酬に含まれる。保険業法と社会保険は、この通達で完全に接続されています。
固定給20万円で標準報酬を届け出て、実際は歩合込みで月60万円を支払っている場合、それは標準報酬月額の過少届出に該当します。今回、業界団体が自主点検を求めているのも、まさにこの構造についてです。
関連コラム:体制整備義務の全体像は「保険代理店の体制整備義務とは」をご覧ください。
発覚したら何が起きるか——数字で見る
年金事務所の調査等で指摘された場合の帰結を、固定給20万円+歩合平均40万円(計60万円)の募集人1名で考えます。
| 標準報酬月額 | 20万円 → 59万円 |
|---|---|
| 社会保険料(健保+厚年・労使合計) | 月およそ6万円 → 月17万円超 |
| 月あたり差額 | 約11万円強 |
| 遡及期間 | 最大2年 |
| 1人あたり負担 | 約270万円 |
| 募集人5名の場合 | 1,300万円超 |
そして実務上もっとも痛いのは、この保険料をまず会社が全額立て替える点です。本人負担分は本来給与から控除すべきだったものですが、すでに退職した募集人から過去2年分を回収するのは事実上不可能。結果として全額が会社の持ち出しになるケースがほとんどです。
さらに、外交員報酬は労働基準法上も「賃金」です(名称のいかんを問いません)。すると次が連鎖します。
- 残業代の再計算:歩合部分も法律上、割増賃金の算定基礎に含めなければなりません。「歩合に残業代込み」の建付けは、最高裁判例(国際自動車事件・令和2年)以降ほぼ通用しません。
- 労働保険料の修正:雇用保険・労災保険の算定からも歩合が漏れているため、確定・概算保険料の修正申告が必要になります。
なお、本件とは直接の関係はありませんが、成果報酬の募集人に対して年次有給休暇が適正に付与・支払いされているか(社内規程に定めがあるか)も、あわせて確認すべき論点です。
「うちは調査なんて来ない」が通用しなくなった4つの理由
これまでこの論点は、各社が個別に抱える「グレーな慣行」でした。しかし業界団体が会員各社に自主点検を呼びかける方針となったことで、状況は変わります。誰かが摘発されるかどうかではなく、業界として「知らなかった」が成立しない状態になった、ということです。自主点検は、裏返せば自ら是正した代理店が評価される仕組みでもあります。先に手を挙げられるかどうかが分かれ目になります。
改正保険業法が本年6月1日に施行され、保険会社による代理店の管理・監督は一段と厳格化しています。体制監査の過程で雇用契約書や賃金台帳、募集人の稼働実態に触れる機会は構造的に増えており、「委託型適正化が実質的に維持されているか」は保険会社にとっても確認事項です。報道後は、この観点での確認がさらに強まると考えるのが自然でしょう。労務の綻びが、委託契約の見直しリスクに直結する時代になりました。
日本年金機構の事業所調査は書面・電子中心に移行し、従来の対面調査では見えなかった細部まで確認される傾向にあります。優先的に調査されるのは、雇用保険の被保険者データとの突合で未加入者が見込まれる事業所、報酬の届出に大きな変動がある事業所、そして被保険者から通報があった事業所です。
四つ目が最も重要です。給与明細に「外交員報酬」の行がある募集人が、こうした報道に触れ、自分の標準報酬月額を「ねんきん定期便」で確認したらどうなるか。実際より低い標準報酬は、将来の厚生年金額、傷病手当金、出産手当金のすべてを目減りさせています。つまりこの設計は、会社が浮かせたコストの分だけ従業員の給付を削る構造です。関係が良好なうちは表面化しませんが、退職・処遇不満・傷病——きっかけは一つで足ります。通報は匿名でできます。
自社の給与設計、説明できる状態ですか。
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繰り返しますが、これは一部の代理店の話ではありません。委託型適正化から10年、平成29年通達から9年。多くの代理店が善意で採用し、そのまま維持してきた設計が、いま説明を求められているという話です。放置した場合のコストは年々複利で増え、発覚経路は年々増えています。業界が自主点検に動いた今が、確認の絶好のタイミングです。
参照した主な規制根拠を見る
- 健康保険法3条5項・厚生年金保険法3条1項3号(報酬の定義)
- 平成29年3月28日付 厚生労働省通達(年管管発0328第5号)——保険代理店の使用人に支払われる歩合報酬の取扱い
- 労働基準法11条(賃金の定義)、27条(出来高払制の保障給)、37条(割増賃金)
- 最高裁判決 令和2年3月30日(国際自動車事件)——歩合給に割増賃金を内包する設計の否定
- 所得税基本通達204-22(外交員報酬の取扱い)
- 改正保険業法(令和7年法律54号、2026年6月1日施行)
- 日本経済新聞電子版 2026年7月16日付報道
監修者プロフィール
2021年に佐藤三和社会保険労務士事務所を開業、2024年にフォレスト社会保険労務士法人へ組織改編し代表就任。就業規則・賃金制度の設計、労務相談、労働基準監督署の調査対応などを専門とし、人事評価制度・賃金制度の構築支援を幅広く手がける。労政時報「人事労務入門講座」の講師を務めたほか、『企業のためのリスキリング完全マニュアル』(日本法令・共著)など執筆・監修実績も多数。特定社会保険労務士のほか、生産性賃金管理士、高度年金・将来設計コンサルタント、国家資格キャリアコンサルタント等を保有。
公式サイトを見る※本記事は執筆時点の法令等に基づく一般的な解説であり、個別の判断は専門家にご相談ください。本記事は社会保険・労働法上の取扱いを扱うものであり、税務上の取扱いの適否を判定するものではありません。報道に関する記述は、2026年7月16日付 日本経済新聞電子版の報道に基づく事実の要約です。
