内部通報制度は「置いてある」だけで機能するのか
——代理店業務品質評価制度の通報件数から考える
損保協会が毎月公表している「通報等窓口の受付状況」は、金額も固有名詞も出てこない地味な統計です。しかし4月からの累計を追うと、実名で具体的な事実を申し立てる「通報」が着実に積み上がり、8月には受付件数が前月の約1.5倍に増えています。顧客の声も募集人の声も、社内で拾われなければ外に出ていきます。本コラムでは、この統計を手がかりに、代理店の内部通報制度が「置いてある」状態と「機能している」状態の違いを考えます。
数字を見てみる
損保協会が毎月、地味な統計を一つ公表しています。「代理店業務品質評価制度」における通報等窓口の受付状況です。
派手なニュースではありません。金額も出てきません。しかし、この数字の並びを追っていくと、代理店経営にとって見過ごせないシグナルが見えてきます。
2026年9月8日に公表された2026年8月末時点のデータによると、4月から8月までの累計で、損保協会の通報等窓口が受理したのは73件。内訳は次の通りです。
- 通報 39件
- 情報提供 26件
- 相談 8件
通報等の対象は、代理店が34件、損保会社が39件と、ほぼ半々です。
8月単月では17件が受理され、そのうち11件(64.7%)が「通報」でした。
ここで一つ確認しておきたいのは、「通報」と「情報提供」の違いです。損保協会の制度上、この二つは明確に分かれています。
- 通報:通報者に通報意思があり、内容が関係する損保会社で事実確認できる程度に具体的(匿名は不可)
- 情報提供:通報意思はあるが、匿名の場合、または事実確認できる程度に具体的ではない場合
つまり「通報」は、名前を明かした上で、具体的な事実を伴って申し立てる、より踏み込んだ行為です。8月はその「通報」の比率が全体の6割を超えました。
さらに、総受付件数(その他の問い合わせも含む)は7月の22件から8月は34件へ、1か月で約1.5倍に増えています。通報事案が損保会社へ通知された件数も、4月6件・5月10件・6月8件・7月11件・8月18件と、全体として増加傾向にあります。
「窓口を置くこと」がゴールではない
代理店業務品質評価制度は、2026年度から本格運用が始まった、業界共通の第三者評価の枠組みです。その一部として、代理店や損保会社における不適切行為(疑義事例を含む)を早期に発見するための通報等窓口が設置されています。受け付けた通報等は関係する損保会社に通知され、事実確認や対応を求める仕組みになっています。
制度としては真っ当です。ただ、この統計から考えさせられるのは、自社の外にある業界共通の窓口にまで問題を持ち込む人が、現実にこれだけ存在しているということです。
なぜ社内ではなく業界共通窓口を選んだのかは、この統計だけでは分かりません。損保協会の窓口はそもそも、代理店・損保会社の不適切行為を広く受け付けるための制度であり、「内部告発と認められるもの」は受理対象から外されています。従業員の社内通報の受け皿として設計されたものではなく、受付案件のすべてが「社内で処理されなかった案件」だと確認できるわけでもありません。ただ少なくとも、名前を明らかにした上で、具体的な事実確認を求める人が相当数いることは分かります。
この窓口に届く声の多くは、顧客や取引先など、自社の外にいる人の声です。しかし、その不適切募集は、顧客からの苦情や問い合わせ、あるいは募集人自身の違和感という形で、多くの場合、先に社内のどこかで表面化しているはずです。代理店経営者にとって重要なのは、そうした声が外部に出る前に、自社の苦情対応や社内の相談経路で拾える仕組みになっているか、という問いでしょう。
社内で拾えなければ、問題は業界共通窓口や監督当局など、社外のルートへ移っていく可能性があります。外に出るほど、対応の主導権は自社だけでは握れなくなります。
自社に置き換えて考えてみる
もし今、自社の状況を点検するとしたら、確認しておきたいのは次のような点です。
- 顧客からの苦情や申出が、担当者止まりにならず経営に届く経路があるか
- 社内に相談・通報の窓口があるか
- 従業員がその存在と利用方法を知っているか
- 実際の利用実績があるか
- 経営者まで適切に報告される設計になっているか
- 通報後の不利益防止と、改善措置までを確認しているか
ここで一つ、面白い論点があります。「窓口はある。でも誰も使ったことがない」という状態を、どう評価すべきかです。
通報がゼロだから健全だとは限りません。むしろ声が上がってくる組織の方が、問題を把握する力が高い可能性すらあります。逆に、通報がある会社だから悪いとも言い切れません。大切なのは件数の多寡ではなく、問題を拾い、経営に上げ、改善につなげる経路が、実際に動いているかどうかです。
通報制度は、「設置しているか」を確認する制度ではありません。
社員が声を上げられるか、その声を経営が拾えるか、そして改善につなげられるか。
そこまで動いて初めて、内部通報制度は「ある」のではなく、「機能している」と言えるのではないでしょうか。
関連コラム:不適切募集を早期に把握・是正する社内態勢の考え方については「保険代理店の体制整備義務とは——保険業法294条の3をわかりやすく」を、体制の「実効性」については「保険代理店の「体制整備」は、なぜ形骸化するのか」をご覧ください。
自社の通報・相談窓口は、
窓口の有無ではなく、声が経営に届き改善につながる経路が動いているか——KIBANの30分無料相談で、現状の態勢を伺ったうえで点検の進め方をご一緒に整理します。
よくある質問
保険代理店にも内部通報窓口を設ける義務はありますか
公益通報者保護法では、常時使用する労働者が301人以上の事業者に内部公益通報対応体制の整備が義務付けられ、300人以下の事業者は努力義務とされています。多くの代理店は努力義務の側に入りますが、通報者への不利益な取扱いの禁止は規模を問わず適用されます。また、保険業法上の体制整備義務の観点からも、不適切募集を早期に把握し是正できる社内態勢は、規模や特性に応じて問われるものと考えておくのが自然です。なお、2025年6月に公布された改正法が2026年12月1日に施行され、通報を理由とする解雇・懲戒への罰則や、通報者を探す行為の禁止などが加わります。事業者規模による義務・努力義務の区分は変わりませんが、通報者を守る要請は一段強まります。義務の有無にかかわらず、声を拾う経路を持っているかどうかが、態勢の実効性を左右します。
通報がゼロなら、社内に問題はないと考えてよいですか
そうとは限りません。窓口の存在や使い方が知られていない、通報しても不利益を受けるのではないかと思われている、といった理由で声が上がっていないだけの可能性があります。件数そのものより、従業員が窓口を知っているか、実際に使える状態か、上がった声が経営に届き改善につながったかを確認することが大切です。
小規模な代理店でも現実的に運用できますか
できます。専任の担当者を置かなくても、経営者との距離が近い小規模組織ほど、通報者の立場が周囲に分かりやすいという難しさはありますが、経営者以外の役員や管理者が窓口を兼務する、顧問の弁護士や社労士を外部窓口として案内する、といった形は小規模でも実現できます。連絡先と対応の流れを一枚にまとめ、募集人全員に配っておくだけでも、窓口の「認知」は大きく変わります。大切なのは新しい帳票を増やすことではなく、すでにある苦情対応や相談の記録を経営が定期的に確認し、声が上がった場合の対応手順を決めておくことです。
まとめ——KIBANからの提言
損保協会の通報等窓口に寄せられる声は、月を追うごとに増えています。その一件一件の背後には、自社の内側では拾いきれなかった何かがあるかもしれません。代理店経営者に求められているのは、窓口の有無を答えられることではなく、従業員や顧客の声が経営に届き、改善につながる経路が実際に動いていると説明できることです。損保会社との対話や自己点検の場面でも、問われるのはその実態です。
まずは、社内の相談・通報の経路が従業員に知られているか、上がった声が経営にどう届いているか、そして改善の記録が残っているかを、現状のまま確かめてみてください。KIBANは、代理店の外部経営管理本部として、こうした社内態勢の点検と運用の設計をご一緒に進めています。なお、通報者保護に関する法的な判断が必要な場面では、弁護士など専門家におつなぎします。
参照した主な情報源
- 一般社団法人日本損害保険協会「通報等窓口の受付状況(2026年8月末時点)」(2026年9月8日公開) 損保協会 特設ページ
- 一般社団法人日本損害保険協会「損害保険に関する不適切事例の通報等窓口」(Webページ) 損保協会 特設ページ
- 一般社団法人日本損害保険協会「代理店業務品質に関する評価指針(損害保険代理店向け)」 損保協会 特設ページ
- 消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要」 消費者庁サイト
- 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号、2025年6月11日公布・2026年12月1日施行)
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