KIBAN株式会社|保険代理店の外部経営管理本部
業界動向

保険会社はなぜ「保険代理店」を買うのか

——東京海上HDの海外M&Aから考える、これから価値が上がる代理店

2026年8月28日、東京海上ホールディングスは、米国子会社Tokio Marine HCCを通じて、英国の商業用自動車保険を専門に扱う保険総代理店(MGA)Direct Commercial Limited(DCL)を約573億円(2億6,500万ポンド)で買収すると発表しました。この案件のポイントは、買収額の大きさではありません。東京海上HDが買ったのが「保険会社」ではなく「保険代理店」だったという点です。本コラムでは、この案件を手がかりに、これから価値が上がる代理店とはどのような会社なのかを考えます。

東京海上HDが買ったのは「保険会社」ではなく「保険代理店」

DCLは、単に保険を販売する会社ではありません。2002年に英国チェルムズフォードでわずか9人の小さな会社として始まり、以来20年以上にわたり、貨物輸送・宅配便・廃棄物処理といった大手が手を出しにくい領域を一貫して専門特化して引き受けてきました。その結果、いまや年間2億ポンドを超える保険料を扱い、同社によれば、英国を走る商用トラックの9台に1台を引き受けるまでの存在になっています。

買い手側が評価したのも、販売量だけではありません。Tokio Marine HCCはDCLの強みとして、専門的な引受能力、規律あるアンダーライティング、事故対応能力、そしてブローカーとの関係を挙げています。東京海上HDのリリースも、「2002年設立以来蓄積してきたデータに基づく高度な保険引受能力と、自社一元管理による損害査定・保険金支払対応」を強みとしたうえで、「既存ポートフォリオと重複しない保険引受ビジネスを取り込み、更なる利益成長と事業の多様化を実現していく」と説明しています。東京海上グループが保険総代理店を買うのはこれが初めてではなく、ここ数年、米国でもMGAの買収を重ねています。

DCLの成長の「順番」

興味深いのは、DCLの成長の順番です。「たくさん売ったから価値が高くなった」のではありません。狭い領域に特化し、そこで知識と経験を蓄積し、引受・事故対応・業務プロセスまでを自社の能力として磨いてきました。そうして築かれた組織としての専門性に、573億円という値段がついたのです。

保険会社が買ったのは、単なる「顧客リスト」ではありません。特定市場について蓄積された知識と経験が、引受、事故対応、顧客・ブローカーとの関係、そして業務プロセスとして組織化された「会社そのもの」です。

なお、DCLは保険会社から引受権限の委譲を受けたMGAで、引受も事故処理も自社で担っています。引受や保険金支払の判断が保険会社にある日本の代理店とは立場が違いますが、評価されたのは権限そのものではなく、特定の市場を深く知り、それを個人ではなく組織の仕組みにしてきたことです。その意味で、この視点は国内代理店の企業価値の話につながります。

「何社の保険を扱っているか」ではなく「何の専門会社なのか」

これまで代理店の価値は、手数料収入や顧客数、取扱保険会社の数で語られることが多くありました。もちろんそれも重要ですが、DCLの案件が示すのは、それだけでは測れない価値です。

特定市場・特定分野への専門性。独自の顧客基盤とアクセス。リスクを見極めるノウハウ。専門人材。標準化された業務プロセス。蓄積されたデータ。そして、それらから継続的に収益を生み出す仕組み。

言い換えれば、「何社の保険を扱っているか」ではなく、「何の専門会社なのか」です。

その専門性は「人」についているのか、「会社」についているのか

さらに重要なのは、「その専門性は、人についているのか、会社についているのか」という問いです。

社長だけが顧客を知っている。トップ営業だけが案件を取れる。ベテラン社員だけが事故対応の勘所を知っている。それでは専門性はあっても、必ずしも企業価値にはなりません。

顧客情報が蓄積され、営業方法が標準化され、判断基準が共有され、人材が育成され、データが残り、経営者が交代しても同じように価値を生み出せる。そこまでできて初めて、個人の能力は「会社の能力」に変わります。

関連コラム:トップ営業の勘を組織の能力に変える論点は「AI時代に問われる、保険代理店の法人営業力」、手数料収入だけでは測れない経営成果は「企業代理店のKPIは何を測るべきか」をご覧ください。

会社を売るか、売らないか。その前に考えるべきこと

これは代理店経営者にとって、M&Aを「会社を売る話」だけに閉じずに済むという意味でもあります。

会社を売るか、売らないか。その前に考えるべきことがあります。自社は何の専門会社なのか。その専門性はどこから生まれているのか。そして、その専門性は社長や一部の社員から切り離され、会社の仕組みとして残っているのか。

先に挙げた要素に、経営管理と後継者を加えて、一つずつ会社に蓄積していくこと。それは売却の準備であると同時に、独立した会社として生き残るための経営そのものでもあります。

東京海上HDの判断が示しているのは、代理店の価値が「保険を売る機能」だけにあるのではないということです。特定市場を深く理解し、その知識を組織の能力として蓄積している会社に、大きな価値がつきます。

譲るか、迎えるか。その前に、自社の価値がどこにあるかを整理しませんか。

KIBANのM&A実行サポートは、売却ありきではなく、専門性・顧客基盤・業務の標準化・後継者といった企業価値の要素を棚卸しするところから始めます。4つの手法から根拠を示して選び、統合後100日まで伴走します。

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よくある質問

小規模な代理店でも「専門性」は企業価値になりますか?

DCLも当初は小さな会社でした。問われるのは規模ではなく、特定の市場や顧客層について他社にない知識と対応力を持ち、それが特定の個人ではなく会社の仕組みとして残っているかどうかです。

日本の代理店には引受権限がないのに、DCLの事例を参考にしてよいのですか?

引受・保険金支払の判断が保険会社にある点は決定的な違いであり、その部分を真似ることはできません。参考になるのは、狭い領域に特化して知識を蓄積し、標準化・記録・人材育成によってそれを組織の能力に変えてきた「順番」です。

まとめ——KIBANからの提言

国内の代理店再編が進むこれからの数年。代理店経営者が考えるべき問いは、「うちはいくらで売れるのか」ではありません。

「自分がいなくなったあと、この会社には何が残るのか」。

その答えこそが、代理店の本当の企業価値だと私たちは考えます。

※本記事は、東京海上ホールディングス株式会社のプレスリリース(2026年8月28日、米国Tokio Marine HCC社を通じた英国Direct Commercial Limitedの買収に関するもの)、Tokio Marine HCC Internationalのプレスリリース(同日)、およびDCL公式サイト「Our Story」等に基づく解説です。DCLの事業内容・引受実績に関する数値は、同社および買い手側の公表資料によります。買収完了は2026年9月の予定です。最新の情報は各社の公式サイトでご確認ください。

参照した主な情報源

  • 東京海上ホールディングス株式会社 プレスリリース「米国Tokio Marine HCC社を通じた英国Direct Commercial Limitedの買収について」(2026年8月28日)
  • Tokio Marine HCC International プレスリリース(2026年8月28日)
  • Direct Commercial Limited 公式サイト「Our Story」 公式サイト
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「自分がいなくなったあと、この会社には何が残るのか」を、一緒に棚卸ししませんか。

専門性を社長や一部の社員から切り離し、業務の標準化・記録・人材育成・経営管理として会社に残す——それは売却の準備であると同時に、独立した会社として生き残るための経営そのものです。KIBANは代理店の外部経営管理本部として、その日常の経営管理から、事業承継・M&Aの節目まで伴走します。まずは現状の整理からで構いません。

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