AI時代に問われる、保険代理店の法人営業力
——トップ営業マンの「勘」を組織の能力に変えられるか
「あの人がいなくなったら、うちの法人営業は正直厳しい」——多くの代理店経営者が、心のどこかでそう感じているのではないでしょうか。2026年8月、大手代理店の東京海上日動パートナーズが、AIを活用した法人営業支援システムの開発を発表しました。この動きが地域の代理店に投げかけているのは、「AIを入れるかどうか」ではなく、一人のベテランに蓄積された営業の知恵を、組織の能力に変えられるかという、より本質的な問いです。
目次
その「勘」は、誰のものか
「この会社なら、そろそろ事業承継が課題になるのではないか」
「最近の採用状況を見ると、人材確保に困っているかもしれない」
「この業種なら、サイバーリスクについて一度話をしておいた方がいい」
優秀な営業担当者は、顧客との会話、企業の雰囲気、経営者のちょっとした言葉、業界動向などから、顧客がまだ明確に言葉にしていない課題を感じ取ります。そして、その「勘」は長年の経験によって培われています。
しかし、その担当者が異動・退職したらどうなるでしょうか。あるいは、新しく入社した営業担当者が同じレベルに到達するまで、何年かかるでしょうか。
多くの地域代理店にとって、これは決して他人事ではないはずです。少人数で法人営業を回している代理店ほど、一人のベテランへの依存度が高く、その人がいなくなったときの落差が大きい。
大手の動きが教えてくれること——TNP Naviの発表
2026年8月7日、一つの発表がありました。2026年7月に統合したばかりの東京海上日動パートナーズ株式会社(TNP、全国約160拠点・約2,500名)が、法人営業支援システム「TNP Navi」の開発を、外部のAIベンダーであるFinatextグループの支援を受けて完了させた、という内容です。
商談前に想定される経営課題やヒアリング項目を提示し、商談内容を記録・整理し、そこから顧客の課題を抽出して提案につなげる。ベテラン営業マンの頭の中にあった思考プロセスを、仕組みとして「見える化」する取り組みです。
ここで注目すべきは、このシステムがAIに営業を任せきりにする設計にはなっていない、という点です。発表によれば、AIが出す提案を最終的に確認し、判断するのは営業担当者自身とされています。AIは「気づき」を与える役割に徹し、顧客との関係構築や意思決定は人間が担う、という前提で設計されているとのことです。
大手が示しているのは「AIが営業マンに取って代わる未来」ではなく、「一人のベテランの頭の中にあった判断基準を、組織全体で使えるようにする」という発想の転換です。そして、これは大手だけの話ではありません。むしろ、少人数で法人営業を回している地域代理店にこそ、切実に必要な発想です。
「営業は人間関係だから標準化できない」への反論
「営業の標準化」という言葉を出すと、「うちは人間関係で成り立っているから、標準化にはなじまない」という反応が返ってくることがあります。
これは半分正しく、半分違うと思います。
顧客との関係性そのものを標準化する必要はありません。経営者との信頼関係、本音を引き出す力、「この人に相談したい」と思ってもらえる関係性は、簡単に仕組み化できるものではないですし、する必要もありません。
一方で、次のような点まで、担当者ごとにバラバラでよいとは言えません。
- 訪問前に何を調べるか
- 経営者に何を聞くか
- 商談記録をどこに、どんな形式で残すか
- 顧客の経営課題をどう分類するか
- 誰が案件をレビューするか
- 次回までに何を検討するか
ここが標準化されていない代理店は、ベテランが辞めた瞬間に、それまで積み上げてきた法人営業のノウハウがまるごと失われます。
標準化すべきなのは、営業担当者の個性ではなく、営業活動の基本プロセスです。その土台があってはじめて、その上で営業担当者それぞれの経験や専門性が活きてきます。
今日からできること(AIがなくても)
ここが一番お伝えしたいことですが、この標準化は、大がかりなAIシステムがなくても、今日から始められます。
まず自社の法人営業について、次のようなことを言葉にしてみてください。
- うちのベテラン営業マンは、訪問前に何を調べているか
- 商談で、経営者にどんな質問を投げかけているか
- 商談後、何をメモに残し、誰と共有しているか
- 顧客の課題を、社内でどう分類・管理しているか
- 次回訪問までに、何を準備しているか
これを一度ヒアリングして書き出すだけでも、他の営業担当者が真似できる「型」が見えてきます。大規模なシステムは、その型ができたあとで、必要な部分から少しずつ導入すればよいものです。
むしろ順番を間違えると、「AIを入れたのに何も変わらない」という結果になります。AIを導入する前に、自社がどのような法人営業を実現したいのかを決めることが先です。
それでも「うちだけでは難しい」と感じたら
とはいえ、日々の業務に追われながら、自社の営業プロセスを言語化し、仕組みとして定着させていく作業は、決して簡単ではありません。「何を聞けばいいのか」「どう分類すればいいのか」を一から設計するのは、経営者一人、あるいは少人数の管理部門だけでは荷が重いのが実情だと思います。
そうした「経営管理そのものを、自社の中だけで完結させるのが難しい」という課題に向き合うために、外部の経営管理機能を活用するという選択肢もあります。自社にノウハウを溜めていくプロセスの設計そのものを、外部の視点と一緒に組み立てていく、という発想です。
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「トップ営業マンがいる会社」から「営業力のある会社」へ
保険代理店には、営業力の高い人がたくさんいます。
しかし、「営業力の高い人がいる会社」と「営業力の高い会社」は同じではありません。
一人の優秀な営業担当者が大きな売上を上げている会社は、その人がいなくなれば営業力も失われる可能性があります。一方、その人が持っている知識、着眼点、質問、商談プロセスを組織として共有し、若手や他の担当者が利用できれば、それは会社の財産になります。
AI時代の代理店経営にとって、本当に重要なのは、最新のAIツールを導入することではありません。
人に蓄積された知恵を、会社に蓄積できる経営へ変わること。
そこに、規模の大小にかかわらず、すべての代理店が取り組める本当の変化があるのではないでしょうか。
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※本記事は執筆時点(2026年8月)で公表されている東京海上日動パートナーズ株式会社およびFinatextグループの発表資料に基づく一般的な解説です。システムの仕様・提供状況等の最新情報は各社の公式発表でご確認ください。
