保険営業の「自爆営業」はパワハラになるのか
——10月1日のパワハラ防止指針改正から考える営業目標と人事管理
保険代理店にとって、「営業目標」はなくてはならないものです。契約件数、保険料、手数料収入、新規顧客数、クロスセル率——営業組織である以上、目標を設定し、その達成に向けて社員をマネジメントすること自体は当然です。しかし、その「目標管理」はどこまで許されるのか。2026年10月1日に適用が迫るパワーハラスメント防止指針の改正で、いわゆる「自爆営業」が明記されました。問われているのは「自爆営業をしているか」ではなく、「数字ができるまでのプロセスを、経営者が見ているか」です。本コラムでは、労務・業法・募集品質の三つの視点から、この問いを整理します。
目次
「自爆営業」が改めて問題に
いわゆる「自爆営業」が、労務管理上の問題として注目されています。
法令上の定義があるわけではありませんが、厚生労働省は、使用者が労働者の自由な意思に反して自社の商品やサービスを購入させる行為として整理しています。典型的なのは、営業ノルマを達成できなかった社員に対する、次のような言動です。
- 「足りない分は自分で買っておけ」
- 「家族や親族に契約してもらえ」
こうした行為は、社員に経済的負担を負わせるだけではありません。断れば評価を下げられるのではないか、上司との関係が悪くなるのではないか——。そうした心理的圧力が加われば、本人にとって「任意の購入」とはいえなくなります。厚生労働省も、民法や労働関係法令上の問題が生じ得ることを示しています。
そして2026年10月1日から適用される改正パワーハラスメント防止指針に、この自爆営業が明記されました。指針改正の議論の出発点となった内閣府の事例集には、自動車保険や共済の自腹契約、本人や家族の保険加入が並んでいます。保険業界に身を置く者として、見過ごせません。自爆営業は、保険業界とは無縁の問題ではないのです。
「自爆営業=パワハラ」ではない
ここで一つ、注意が必要です。自爆営業が行われれば、それだけで直ちに「パワーハラスメント」と認定されるわけではありません。
職場におけるパワーハラスメントは、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの——この三つの要素をすべて満たすものをいいます。
したがって問題になるのは、「営業目標を設定したこと」でも、「未達成について上司が指導したこと」でもありません。重要なのは、その目標を達成させるために、会社や管理職が何をしているかです。
すでに始まっている対応、それでも残る論点
保険業界では、この問題への対応がまったく手つかずというわけではありません。
生命保険協会の「保険募集人の体制整備に関するガイドライン」は、募集人自身を契約者・被保険者とする本人契約と、生計を一にする家族を契約者・被保険者とし募集人が実質的に保険料を負担する家族契約について、留意事項を示しています。その契約の対価として募集人に報酬・手数料を支払うことは、実質的な「保険料の割引・割戻し」に該当する懸念がある、という整理です。一方で、固定給などで契約の対価としての報酬が発生せず、資格査定等にも一切影響しない場合は、これに該当しないと考えられるとされています。
これを受けて、自己契約・一定の家族契約を手数料の算定や資格査定から除外するなど、各社・各代理店で対応が進んでいることでしょう。
しかし、この業法対応だけで自爆営業の問題が解決するわけではありません。
業法上の対応は、「契約と経済的利益(手数料・評価)を切り離す」という設計です。ところが、パワハラ防止指針が問題にしているのは、報酬が発生するかどうかではなく、労働者の自由な意思に反して自社の商品・サービスを購入させる行為そのものです。手数料や人事評価から自己契約を外したとしても、
- 目標未達成の場面で「自分で契約すればいいのでは」と示唆される
- 営業会議で自己契約・親族契約の実績が名指しで取り上げられる
- 管理職から個別に契約を促される
といった言動が三つの要素を満たせば、業法対応の有無にかかわらず、パワハラに該当し得ます。業法対応で「自己契約と報酬・査定との結び付き」を解消しても、「強要」の論点は残る——ということです。
保険営業には、さらにもう一つの問題がある
自爆営業が労務問題・業法問題にとどまらない可能性も、保険代理店の場合は考えておく必要があります。
本来、顧客のニーズに基づいて行われるべき保険募集が、営業社員自身の目標達成を優先して行われるようになれば、募集管理や顧客本位の業務運営にも影響します。たとえば、次のような行為です。
- 社員本人や家族に本当に必要なのか、十分検討しないまま契約させる
- 不要な特約を付加する
- 既契約を無理に切り替える
- 形式的に契約を成立させ、後日解約する
こうなると、問題は「労務管理」や「業法対応」の枠を超え、「募集管理」に広がります。自爆営業は、労務・業法・募集品質という三つの視点を別々に考えていては捉えきれない、経営問題なのです。
実際、生命保険協会が2026年5月に改正した同ガイドラインでは、代理店監査でリスクを見る項目として、役職員に対する不適切なインセンティブとならない評価体系(営業目標、人事・業績評価等)になっているか、募集人の報酬体系が過度に業績重視になっていないか、が挙げられています。代理店が自ら点検する「募集代理店共通自己点検表」にも、同じ趣旨の項目があります。営業目標や評価制度そのものが、いまや募集管理上の検証対象になっているのです。
関連コラム:報酬制度を検証し続ける経営の仕組みについては「「歩合か固定給か」を議論している代理店は、もう一周遅れているかもしれない」をご覧ください。
経営者が見るべきなのは「数字ができるまでのプロセス」
では、代理店経営者は何を確認すべきでしょうか。まず確認したいのは、営業目標そのものよりも、その達成プロセスです。
- 目標は合理的に設定されているか
- 未達社員への指導方法は適切か
- 社員本人や家族・知人による契約が恒常的に発生していないか
- 特定の上司の下だけで、不自然な契約や早期解約が増えていないか
- 自己契約・一定の家族契約は、報酬や資格査定から適切に切り離されているか
- 社員からの相談経路が実質的に機能しているか
そして何より、「数字さえ達成すれば、その過程は問わない」というメッセージを、会社が暗黙のうちに発していないか。経営者には、そこまで見る必要があります。
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「結果管理」から「プロセス管理」へ
営業組織に目標は必要です。厳しい営業指導がすべて悪いわけでもありません。
問題は、目標達成へのプレッシャーが強くなるほど、「どうやって数字を作ったのか」というプロセスへの関心が薄れることです。売上だけを追えば、短期的には数字が上がるかもしれません。しかしその裏側で、社員への過度な圧力や不適切な募集が生まれていれば、長期的には組織そのものを傷つけます。
これから代理店に求められる営業管理は、「数字を作らせる管理」から、「適切なプロセスによって数字が生まれる組織をつくる管理」へ変わっていく必要があるのではないでしょうか。
自爆営業をなくすという話は、その入口にすぎません。本当に問われているのは、保険代理店の営業マネジメントそのものです。
10月1日の指針改正まで、準備できる時間はそう長くありません。業法対応が一段落した代理店ほど、「もう対応済み」で終わらせず、労務と募集品質の両方の視点から、一度棚卸ししてみることをお勧めします。
参照した主な規制根拠
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)第30条の2〔令和8年10月1日以降は第31条〕——職場におけるパワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置義務
- 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)〔令和8年10月1日適用の改正後〕2(7)——商品の買い取り強要等(事業主が労働者に対し、当該労働者の自由な意思に反して自社の商品・サービスを購入させる行為)に関連する言動の明記
- 厚生労働省 リーフレット「労働者に対する商品の買取り強要等の労働関係法令上の問題点」(令和7年3月)——商品の買取り強要等の定義、民法第90条・第709条、労働基準法第24条、労働契約法第15条・第16条等との関係
- 規制改革推進会議「規制改革推進に関する中間答申」(令和5年12月26日)Ⅱ3ア「自爆営業」の根絶
- 内閣府 規制改革推進会議 事務局資料「後を絶たない自爆営業」(令和5年11月15日)——自動車保険・共済の自腹契約、本人や家族の保険加入を含む21事例
- 保険業法第300条第1項第5号(特別利益の提供の禁止)/保険会社向けの総合的な監督指針Ⅱ-4-2-2(8)
- 生命保険協会「保険募集人の体制整備に関するガイドライン」(令和8年5月13日改正)別紙2「監督指針Ⅱ-4-2-2(8)保険業法第300条第1項第5号関係」(本人契約・家族契約の留意事項)、別紙3-1「代理店監査等に係る基本的な考え方・対応例」(リスクベースの選定項目例)
- 生命保険協会「募集代理店共通自己点検表(一般代理店)」(2026年2月25日)——営業部門への過度な圧力を防止する評価体系(営業目標、人事・業績評価等)の策定・運用
※本記事は執筆時点(2026年8月)の法令等に基づく一般的な解説であり、個別の判断は専門家にご相談ください。改正パワーハラスメント防止指針に関する記述は、厚生労働省が公表している令和8年10月1日適用版に基づきます。生命保険協会のガイドラインは会員各社の参考として策定されたものであり、拘束力を有しないとされています。
