KIBAN株式会社|保険代理店の外部経営管理本部
業界動向

「ハ方式廃止」で本当に変わるものは何か

——比較推奨販売改正は、代理店の営業ルール改革ではなく経営管理改革である問われているのは募集人の説明スキルではなく、代理店という組織の「体制」である

2026年8月28日、金融庁は乗合代理店の比較推奨販売をめぐる改正内閣府令を公布し、パブリックコメントの結果を公表しました。いわゆる「ハ方式」の廃止です。業界の受け止め方の多くは「意向把握や説明の手間が増える」という現場負担の話に向かいがちですが、金融庁自身の言葉は一貫して「体制」「取組」「確認・検証」を指しています。本コラムでは、この改正が代理店経営に何を求めているのかを整理します。

金融庁が示したのは、単なる募集ルールの変更ではない

今回の改正は、損害保険業の構造的課題に関する有識者会議、そして金融審議会「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」の提言を踏まえ、乗合代理店における比較推奨販売のあり方を見直すものです。焦点は、これまで比較推奨販売の情報提供類型として認められてきた「イ・ロ・ハ」のうち、いわゆる「ハ方式」による代理店都合の推奨が認められなくなり、顧客の意向に基づく比較・推奨を基本とする枠組みへと整理される点にあります。

改正後の内閣府令・監督指針の施行・適用日は令和10年(2028年)3月1日とされ、金融庁は「乗合代理店における実務上の体制整備等に要する時間に配慮し、相応の適用期間を設ける」としています。しかし同時に、金融庁は次のようにも述べています。乗合代理店は「改正後の内閣府令の施行日及び監督指針の適用日を待つことなく、可能な限り速やかに体制整備を行い、比較推奨販売を適切に実施されることが望ましい」。そしてその取組は、「自らに課せられた体制整備義務(保険業法第294条の3)に基づく取組」として行われることを期待する、と。

この言葉が、今回の改正の性格を端的に示しています。金融庁は今回の見直しを、募集時の説明トークの変更としてではなく、代理店という組織の「体制整備義務」の履行の問題として位置づけているのです。

問われているのは募集人個人の説明スキルではありません。代理店という組織が、顧客ごとの意向把握・比較の実施・推奨理由の説明・記録の保存・事後の検証という一連のプロセスを、体制として持っているかどうかです。これは営業ルールの問題ではなく、経営管理の問題にほかなりません。

ハ方式が覆い隠してきた「経営管理の弱さ」

「イ・ロ・ハ」の各方式は、比較推奨販売における情報提供のあり方を類型化したものです。ハ方式は、顧客の意向に沿った選別を行わずに提案する場合に、その理由——監督指針上は「特定の保険会社との資本関係やその他の事務手続・経営方針上の理由」を含む——を説明すれば足りるとしてきた類型でした。つまり、代理店側の事情を理由とする商品の絞り込みや推奨は、理由を説明しさえすれば制度上は認められていたのです。今回の改正では、このあり方が見直されます。

ここで注意したいのは、ハ方式という制度自体が「経営管理を不要にしていた」わけではないという点です。ハ方式のもとでも、代理店には意向把握義務(保険業法第294条の2)や権限明示義務(同法第294条第3項)は当然に課されており、これらは今回の改正の対象外として引き続き適時・適切な対応が求められます。

しかし、代理店側の事情に基づく推奨が制度上認められていたことで、顧客ごとの意向と推奨理由との関係を、組織としてどこまで明確にし、記録し、検証するかという課題が、日々の募集実務の中では表面化しにくかった面があるのは事実でしょう。金融庁は今回、手数料水準、販売目標、便宜供与、取引関係、社内都合、経営方針といった「代理店の都合」や、募集人の「主観的又は属人的判断」を理由とする提案は、顧客の意向に沿わない提案だと明言しました。ハ方式の廃止は、この論点に対する金融庁の一つの回答です。

「なぜこの商品を勧めたのか」を、会社として説明できますか。

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ロ方式が要求する「経営管理システム」

ロ方式への一本化が代理店に求めるのは、取扱う全商品を毎回横並びで比較することではありません。顧客の意向に基づいて比較可能な商品を絞り込み、その中から商品を選別し、推奨理由を説明するという構造です。その上で、改正後の監督指針は、次の機能を組織として持つことを求めています。

  • 提示・推奨する基準や理由を、社内規則として定める仕組み
  • その社内規則に基づいて、募集人を教育・管理・指導する仕組み
  • 記録・証跡の保存期間を定めた上で、比較推奨販売の適切性を確認・検証する仕組み
  • 検証結果を踏まえ、必要に応じて比較推奨販売の方法を見直し・改善する仕組み

これらはいずれも、募集人個人のトークスクリプトを変えれば済む話ではありません。組織としての業務プロセス設計、記録・保存の体制、それを支える人材と役割分担、すなわち経営管理そのものの整備を必要とします。図式化すれば、次のような一連の流れとして捉えることができます。

比較推奨販売の一連の流れ

顧客意向の把握 → 比較対象商品の絞り込み → 商品選別 → 推奨理由の説明 → 記録・保存 → 確認・検証 → 見直し・改善

これは営業トークの一場面ではなく、PDCAサイクルそのものです。ロ方式への一本化が代理店に求めているのは、この一連の流れを組織として回し続ける体制にほかなりません。

象徴的なのは、事業報告書の様式変更です。「推奨保険会社・商品」を一覧で書かせる欄は削られ、代わりに「推奨方針」と「比較・推奨販売の適切性の確認方法」を書く欄が設けられました。当局が代理店に問うものが、「どの商品を推奨しているか」から「どういう基準で推奨し、その適切性をどう確認しているか」へ移ったのです。だからこそ、金融庁は今回のパブコメ結果において、比較推奨販売の適正化に向けた取組について「金融庁の考え方」を可能な限り具体的に示したのでしょう。そこにあるのは、個々の募集トークの是非ではなく、代理店が体制整備義務をどう履行するかという経営管理上の論点です。

なぜ保険代理店において経営管理が競争優位を生むのか

これは今回の改正に限った話ではありません。保険代理店は、自社で商品を設計できず、手数料制度(品質評価・コンプライアンス体制・継続率等)によって収益が左右され、規制産業として当局の監督下に置かれ、保険会社と顧客という二面の市場を同時に最適化しなければならないという特有の構造を持っています。多くの産業において経営管理は事業活動を支える基盤的な機能です。しかし保険代理店において特徴的なのは、その経営管理の巧拙が、規制対応だけでなく、代理店手数料や保険会社からの評価にも直接影響し得る点にあります。経営管理が競争優位の中核を担う産業なのです。

今回の改正は、この構造をきわめて明快な形で可視化した出来事だと言えます。意向把握・比較・記録・検証という一連のプロセスを組織的な仕組みとして持つ代理店は、規制対応を単なるコストとしてではなく、募集品質の証明として、保険会社からの代理店評価や顧客からの信頼向上につなげることができます。逆に、これを属人的な営業対応でしのごうとする代理店は、施行までの期間が長いことに安心して対応を先送りし、いざという時に場当たり的な対応を繰り返すことになりかねません。それ自体が経営リソースの浪費です。

関連コラム:体制整備義務の中身は「保険代理店の体制整備義務とは——保険業法294条の3をわかりやすく」、比較推奨をめぐる代理店経営の構造は「代理店が「初年度手数料」を手放せない、本当の理由」、教育の記録・証跡は「募集人の教育記録、何をどう残すか」をご覧ください。

代理店経営者に問われていること

ハ方式廃止への対応で本当に問われているのは、意向把握シートを改訂したかどうかではありません。

「なぜこの商品をこの顧客に勧めたのか」を、募集人だけでなく、会社として説明できるか。

そして、その説明を記録し、検証し、必要に応じて改善できる仕組みを持っているか。

比較推奨販売の改正は、その意味で一つの募集規制の変更にとどまりません。保険代理店経営が、属人的な営業管理から、説明可能で検証可能な経営管理へ移行することを求める改革なのです。

よくある質問

施行は2028年3月1日なのだから、対応はまだ先でよいのですか?

金融庁は、施行日・適用日を「待つことなく、可能な限り速やかに」体制整備を行うことが望ましいと明記しています。意向把握義務と権限明示義務は改正の対象外で、現時点でも適時・適切な対応が必要です。

あらかじめ「推奨保険会社」を決めておく運用は、改正後も可能ですか?

金融庁は、乗合代理店が独自の判断のみで、あらかじめ推奨保険会社群や比較対象保険会社群を設定し、それ以外の取扱保険契約を比較推奨販売の対象外とすることは適切ではないと回答しています。社内規則で定めるべきは「推奨商品のリスト」ではなく「選別・推奨の基準や理由」です。

まとめ——KIBANからの提言

金融庁が示した言葉は、体制整備義務、社内規則、教育・管理・指導、記録・証跡、確認・検証、見直し・改善——すべて経営管理の言葉です。施行までの約1年半は、意向把握シートを改訂するための時間ではなく、「なぜこの商品をこの顧客に勧めたのか」を会社として説明し、記録し、検証し、改善できる仕組みを組み上げるための時間です。

ハ方式廃止で本当に変わるべきものは、募集人の営業トークではありません。代理店の経営そのものなのです。

※本記事は、金融庁「令和7年保険業法改正に係る内閣府令等及び『保険会社向けの総合的な監督指針』等の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等の公表について」(2026年8月28日公表)、および同ページの別紙1「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」、別紙2「保険業法施行規則及び金融サービス仲介業者等に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(新旧対照表)」、別紙3「『保険会社向けの総合的な監督指針』の一部改正(新旧対照表)」に基づく解説です。改正後の内閣府令の施行日および監督指針の適用日は令和10年(2028年)3月1日です。最新の情報は金融庁の公式サイトでご確認ください。

参照した主な情報源

  • 金融庁「令和7年保険業法改正に係る内閣府令等及び『保険会社向けの総合的な監督指針』等の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等の公表について」(2026年8月28日)および別紙1〜3 金融庁サイト
  • 保険業法第294条の3(保険募集人の体制整備義務) e-Gov法令検索
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