KIBAN株式会社|保険代理店の外部経営管理本部
コンプライアンス 専門家監修・特別編

保険業界で相次ぐ「不正競争防止法」違反——保険代理店がいま打つべき3つの対策

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監修:足立格 弁護士
監修:足立 格 弁護士
紀希綜合法律事務所

保険業法をはじめとする金融規制を専門とする弁護士による監修のもと、条文・判例の記載を確認しています。監修者プロフィール

2026年7月16日、アクサ生命保険の元社員2人が、不正競争防止法違反(営業秘密侵害)の疑いで逮捕されました。1人はアクサ生命保険在職中、会社支給のタブレットに契約者情報を表示させ、それを保険代理店に転職していたもう1人に写真撮影させて漏らした疑い。情報を受け取った側は、その契約者に別会社の保険を紹介し、乗り換えを勧誘していたとされます。発覚のきっかけは、勧誘を受けた顧客本人からアクサ側への通報でした。

その5日後の7月21日には、今度は損害保険の代理店をめぐる事件が発覚します。損害保険代理店の元社員4人(50代〜60代の男女)が、在職中に損害保険会社のシステムを使って顧客情報を不正に取得し、退職後にそろって別の代理店へ転職、持ち出した情報を営業に使っていた疑いで逮捕されました。不正に入手された顧客情報は少なくとも5,000件、これに関連して約3,000件の保険解約が発生していたことから発覚したとされています。

「うちの代理店も、円満退職なら大丈夫」——そう思っていませんか。わずか1週間足らずの間に、生命保険・損害保険それぞれの現場で、まったく別の会社・別の人物による摘発が2件相次ぎました。個人による単独の情報漏えいだけでなく、複数人が組織的に情報を持ち出すケースまで起きています。しかも、情報を漏らした側だけでなく、情報を受け取って営業に使った転職先の側も、ともに刑事責任を問われている点が共通しています。本稿では、なぜ保険業界でこの種の事件が起きやすいのか、発覚した場合にどれほど重い処罰につながるのか、そしていま代理店として何を整えるべきかを整理します。

不正競争防止法とは

不正競争防止法は、事業者間の公正な競争を守るための法律で、他人の商品表示の不正使用や模倣品の販売などとあわせて、「営業秘密」の不正な取得・使用・開示を「不正競争」の一類型として規制しています。ひと昔前は刑事告訴しても捜査に時間を要することが多かったのですが、最近では、検挙事件数は一貫して増加傾向にあります。

保険代理店の実務でとりわけ関係が深いのが、この営業秘密侵害罪です。募集人や職員が、勤務先で得た顧客情報・契約者データなどを、退職や独立にあたって不正に持ち出し、転職先や新規開業した代理店で使用する——これがまさに営業秘密侵害罪の典型的な行為類型にあたります。

ただし、顧客情報であれば何でも「営業秘密」として保護されるわけではありません。同法上、営業秘密といえるためには次の3要件をすべて満たす必要があります。

  • 秘密管理性:アクセス制限、パスワード管理や秘密保持契約の締結など、秘密として管理されていること
  • 有用性:事業活動に有用な情報であること
  • 非公知性:一般に知られていない情報であること

裏を返せば、社内で特に限定なく誰でも閲覧できる状態の顧客名簿は、この「秘密管理性」の要件を欠き、法律上の保護を受けられない可能性があるということです。この点は、後述する予防策の出発点になります。

関連コラム:個人情報保護法の観点からの管理体制は「保険代理店の個人情報管理——最低限やるべきことチェック」で解説しています。

なぜ保険業界で問題になりやすいのか

保険業界でこの種の事件が繰り返し起きる背景には、他業種にはない構造的な事情があります。

  • 募集人の転籍・独立が業界の常態であること:委託型募集人の適正化や乗合代理店化の流れの中で、募集人が代理店を移る、あるいは自ら代理店を興すケースが日常的に発生します。顧客との関係が「会社」ではなく「募集人個人」に紐づきやすい業態であるため、「この顧客は自分が獲得した」という意識が持ち出しへの心理的ハードルを下げます。
  • 顧客情報そのものが営業の生命線であること:契約内容、保険料、更新時期といった契約者データは、そのまま次の営業先リストになります。情報の経済的価値が高いほど、持ち出しの誘因も強くなります。
  • 乗合・出向・業務委託など、情報が複数事業者をまたぎやすいこと:保険会社・代理店・出向者・業務委託先が入り組む構造は、どこまでが「自社の管理下にある情報」かを曖昧にし、悪意がなくても情報が漏れやすい土壌を作ります。
  • 退職時の情報管理が属人的であること:多くの代理店では、退職時に「私物のUSBやスマホの中身」まで確認する仕組みがなく、性善説に依存しているのが実情です。

冒頭の2つの事案は、この構造の異なる側面をそれぞれ体現しています。アクサ生命保険の事案は、情報を渡した元社員と、それを使って乗り換え勧誘をした転職先の元同僚という「個人対個人」の人間関係が、そのまま情報漏えいの経路になったケースです。一方、損害保険代理店の事案は、複数の社員が示し合わせて情報を持ち出し、そろって転職先に移った「組織的・集団的」なケースにあたります。個人の裏切りだけでなく、チームごと動くケースまであるということは、代理店にとってより深刻な想定をしておく必要があることを意味します。

こうした事案は今回が初めてではありません。過去にも、大手生命保険会社の元社員が、在職中に取得した顧客リスト(約800件)を転職先の保険代理店に持ち出し、転職先の支店長とともに逮捕された事案が報じられています。秘密裏に処理されている事案を含めれば、相当数にのぼるでしょう。持ち出した本人だけでなく、それを知りながら営業に使った受け入れ側の代理店・役職員も、ともに刑事責任を問われうるという点が、代理店経営者にとって見過ごせないポイントです。

経済犯罪としての重大性——数字で見る

まず押さえておきたいのが、実害の規模です。損害保険代理店の事案では、不正に入手された顧客情報は少なくとも5,000件、これに伴う保険解約は約3,000件にのぼるとされています。1件あたりの契約が数万円〜数十万円の年間保険料だとしても、3,000件規模の解約は代理店の収入基盤を直接揺るがす数字です。情報漏えいは「見つかったら気まずい」で済む話ではなく、事業の存続にかかわる実害にそのままつながります。

「刑事事件になるような話は、独占禁止法やインサイダー取引のような大企業の話であって、うちには関係ない」——そう感じる方も多いかもしれません。しかし法定刑を並べてみると、営業秘密侵害罪は、経済犯罪の中でもかなり重い部類に位置づけられていることがわかります。

主要な経済犯罪の法定刑(個人・法人)
法律・罪名個人(懲役・拘禁刑)個人(罰金)法人(両罰規定)
不正競争防止法
(営業秘密侵害罪)
10年以下2,000万円以下
(国外使用等は3,000万円以下)
5億円以下
(国外使用等は10億円以下)
独占禁止法
(不当な取引制限等)
5年以下500万円以下5億円以下
(別途、売上高に応じた課徴金あり)
金融商品取引法
(インサイダー取引)
5年以下500万円以下5億円以下

こうして比較すると、個人に対する懲役・拘禁刑の上限は、営業秘密侵害罪(10年)が独占禁止法・インサイダー取引(いずれも5年)の2倍であることがわかります。営業秘密侵害罪は未遂も処罰対象であり、また国外での使用・開示についても処罰される点など、通常の不正競争行為の類型と比べても処罰範囲が広く設計されています。

なお、不正競争防止法違反の摘発件数のうち保険業界が占める割合を示す公式な集計は、現時点で公表されていません。ただし、顧客情報の持ち出しをめぐる摘発事例は近年、保険の募集現場に関するものが繰り返し報じられており、業界内で「対岸の火事ではない」という受け止めが広がっています。

保険代理店がいま打つべき3つの対策

刑事罰にまで至るかどうかにかかわらず、情報漏えいは代理店の信用そのものを傷つけます。摘発を待つのではなく、次の3点から着手することをお勧めします。

就業規則の見直し

顧客情報を「秘密として管理している」と客観的に説明できる状態を、就業規則・情報管理規程のレベルで整えます。具体的には、機密情報の定義と明確化(例示)、アクセス権限の範囲(業務上の必要のない者にはアクセスを認めない)、私物端末やクラウドサービスの利用制限、退職時のデータ返還・消去義務、情報不正利用時のサンクション(ただし、労基法16条に留意)などを明文化します。これが整っていない状態では、そもそも情報が法律上の「営業秘密」として保護されない可能性がある、という点は前述のとおりです。

入社時・退職時の宣誓書の見直し

入社時には秘密保持誓約書を、退職時には情報の返還・消去を確認する誓約書を、それぞれ書面で取得します。ここでも、秘密となる情報の定義と明確化(例示)や情報不正利用時のサンクション(ただし、労基法16条に留意)が重要です。「口頭で伝えたはず」ではなく、本人が確認・署名した記録を残すことが、抑止効果としても、万一の際の証拠としても重要です。独立・転籍が前提の業界だからこそ、この手続きを例外なく徹底できるかが分かれ目になります。

研修(コンプライアンス研修への組み込み)とモニタリング

不正競争防止法・営業秘密の取扱いを、既存のコンプライアンス研修の中に定例項目として組み込みます。あわせて、退職予定者のデータアクセス状況の確認や、印刷ログの管理、大量ダウンロード・外部媒体へのコピーといった異常な挙動を検知できる仕組み(モニタリング)を、無理のない範囲で導入することも有効です。「見ている」という状態そのものが、持ち出しの抑止につながります。

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参照した主な規制根拠を見る
  • 不正競争防止法2条1項・6項(営業秘密の定義)、21条・22条(罰則・両罰規定)
  • 独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)89条・95条
  • 金融商品取引法197条の2・207条(インサイダー取引の罰則)
  • 関西テレビ放送(カンテレ)2026年7月16日付報道(アクサ生命保険元社員らの逮捕)
  • テレビユー山形/山形テレビ(YTS)2026年7月21日付報道(損害保険代理店元社員4人の逮捕)

監修者プロフィール

足立格 弁護士
足立 格あだち・いたる
弁護士|紀希綜合法律事務所

東京大学卒。2003年弁護士登録。日本を代表する大手法律事務所・森・濱田松本法律事務所等を経て2025年に独立。20年以上にわたり保険業法をはじめとする金融規制を専門とし、メガバンクの金融商品販売業務や保険会社グループの内部管理態勢構築、保険代理店の募集管理態勢の整備、金融庁等監督官庁への報告・検査対応を多数手がける。日本損害保険協会、全国地方銀行協会など業界団体での講演実績も多数。

公式サイトを見る

※本記事は執筆時点の法令等に基づく一般的な解説であり、個別の判断は専門家にご相談ください。冒頭の2つの事案に関する記述は、2026年7月16日付および7月21日付の各報道に基づく事実の要約であり、確定した判決等ではありません。

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